心の声に従った結果、起きることの責任の行方

元記事:心の声に従った結果、起きることの責任の行方

昨日、お友達とのランチをキャンセルした。

ゆうくんの体調がイマイチ良くなさ「そう」だった。

熱が出るかな、という予感

 

でも、旦那さんは

「いいよ、もし何かあったら俺が迎えに行くし」

と言ってくれたから

別に行ってもよかった

 

のだけれど

 

私の中の何かがストップをかける

 

 

ゆうくんは私がいなければ

逆にとってもおりこうさんになるから

むしろいいのでは?だし

 

私も旦那さんも一人の時間を持てていいのでは?だし

 

でも、なんだかもやっとする。

だから私は素直に友達に謝って

リスケしてもらうことにした

 

 

JRで行くつもりで予約してたから

当日キャンセル料取られたけど

仕方ない。

 

お店もキャンセル料かかるんだったら

後で請求して!と頼んで

とにかく、潔く「ごめん」と謝った。

 

 

昔の私なら多分、行ったと思う。

でも、それでいい結果になったことなんて

思い返しても一度もないんだよね。

 

いつも、他人に悪いから、と

いくら体調が悪くても

いくら嫌な予感がしても

「今日は行かない」の一言が言えなかった。

 

 

元旦那さんとバイクで出かける予定にしてたとき

何だか最初から嫌な予感がしてた

何だか今日は良くないなって

出発する前も

変な所でフラついたり。

 

でも、言えなかった。

 

結果、注意力が散漫だったのか

バイクでコケた。

被害に遭ったのは自分だけだったからよかったけど……。

 

 

今日も同じようなもやっと感。

「今日はやめようかな」と旦那さんに言うと

何でそんなこと言うの?という反応。

 

今までの習慣で、それで心が萎えそうになり

やっぱり行こうかな、と

ヘタレな自分が顔を出そうとするのだけれど

「いや、自分の感覚を信じる」と決意。

 

「あなたを信頼していないわけじゃない。

ゆうくんだって熱を出さない可能性の方が高い。

でも、行きたくない、行かない方がいいって

何かが言ってる」

 

私の直観は当たるのだ。

すぐに理由がわかるときもあれば

後々になって「ああ、こういうことだったのね」となるときもある。

 

 

人に謝るのは嫌いだし、予定を変更させちゃうのも嫌いだし

旦那さんに不愉快な思いをさせるのも嫌いだけれど

 

その「嫌」を引き受けてでも

私自身の思いを優先させようと思えるようになったのは

ちゃんと自分の心の声を聞くようにしているからだ。

 

 

今回行かない方がよかった理由は何だったんだろう。

いつかわかるかな。

 

 

 

ちなみに、こういうドタキャン話。

間違った自分ファーストをしている場合は

「私は私の心に従って生きるの」

の裏に、だからあなたたちもそれを受け入れてね。

私を認めなさい。認めないなんて許さないわよ!

批判は許さないわ!

という、「私はいいけど他人はダメよ」が隠れてる。

 

だから、たとえキャンセル料が発生しても

こういう人は払わないし

きちんと謝罪することも嫌がる。

 

自分ファーストがきちんとできていれば

自分の決断の結果起こる不都合も

しっかり受け入れる覚悟ができる。

 

 

この差って大きいんだよ。

 

 

私は本当にそれができない人間だったんだ。

料理をレシピ通りにしか作れなかったのは

それが原因だったんだなぁって今ならわかる。

 

ずっと、カレーを作るのがとても苦手だった。

 

じゃがいもや玉ねぎの大中小って何?

大きさもちゃんと書いてないじゃない。

何分煮るって書いてあるのに

その通りにしても柔らかくならないじゃない!

 

私は言われた通りにしているのに

結果が伴わないのは私のせいじゃない。

カレーがおいしくないのは

このレシピを書いた人のせい。

私は悪くない。

私はできない子じゃない。

 

 

自分の責任で、加熱時間を増やしたり

水の量を増やしたりすることができなかった。

責任を取ることが死ぬほど怖かった。

いつも誰かが悪いと思っていたかった。

私は間違っていないと信じていたかった。

だって、間違いをする悪い子は生きていてはいけないから。

頭のよい、おりこうさんな子だけが

親や祖父母の言うことを聞くいい子だけが

先生や大人の言うことをきちんと聞くいい子だけが

ミスをせず、常に正しいいい子だけが

この世に生きていていいものだから。

 

 

これに気づいたときは結構ショックだったなぁ

あの頃の私は、他人に価値を認めてもらわなければ

生きていてはいけないと、生きる価値はないと

本気で思っていたんだなって。

 

 

人は、生まれてきただけで祝福される存在

生まれてきただけですごいこと、価値あること

生きているだけでいい子。

 

 

「〇〇できなければ価値がない」

なんていう人の話なんて聞かなくていい。

あなたはあなたの心の声に耳を傾け

あなたの生きたいように生きればいい。

 

そうしたら、自然と責任取ることも怖くなくなる。

 

だって、私自身が私の最高の味方なんだから

続きを読む>>心の声に従った結果、起きることの責任の行方(自分ファースト至上主義!~人生は思い通りになって当たり前~)

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